桶狭間
なかなか機会がなくてできなかった、
キャンパス裏手(桶狭間側)の探索を決行。
まずは大学駐車場から。
このあたりは「釜ヶ谷」と呼ばれ、
織田信長隊が今川義元隊への突撃の機をうかがった場所だそうである。
写真に写っている斜面を、信長の軍勢が駆け上がっていったらしい。
今では幼稚園児が駆け上がっていることが多い。
徒歩5分ほどの所にある「桶狭間古戦場公園」。
(すぐ近くには「桶狭間古戦場伝説地」という、
似たような場所があるので紛らわしい)
ちなみに住所は「桶狭間」。
公園の一角では、
ジオラマふうに当時の陣地などを再現している。
「義元公首洗いの泉」(を再現したもの)
討ち取った義元の首をここで洗い清めたと言われている。
ちなみに「桶狭間」の地名の由来は、
水汲み用の桶が、湧き出る水の勢いでクルクル回っているのを見た旅人が、
桶が廻る間の一服、ということで「桶廻間(おけはざま)」と
呼んだのが始まりだとか。
江戸時代は「桶廻間(おけはざま)」と記されていた表記が
明治以降に現在の「桶狭間」になったようである。
桶狭間の戦いの舞台の地図。
拡大すると──
本学のそばに「織田信長が通った道」と書いてある。
別の地図では──
本学のすぐ脇で、織田軍と今川軍が激突しているではないか!
このあたりには大小の池が多くあって、
水辺には春になると桜がキレイに咲き誇るのだが、
その下にはきっと
合戦で命を落とした多くの武士たちが眠っているのだろう......